大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(オ)843号 判決

上告人 中原誠一

被上告人 中原恵理子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人○○○及び上告人の各上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

右事実及び原審の適法に確定したその余の事実関係によれば、(1)上告人(昭和25年生)と被上告人(昭和23年生)とは、昭和47年1月頃知り合い、肉体関係を伴う交際を続け、昭和50年1月14、5日頃から東京のアパートで同棲するに至り、外国航路の船のコツクとして働いていた上告人が同年3月頃乗船して同年12月末頃下船した後の翌51年1月21日結婚式を挙げ、同月23日婚姻届出をした、(2)被上告人は、元来酒好きで、上告人と同棲を始めて以後も飲酒することが多かつたが、上告人が同年5月の連休明けに再び乗船していつたところ、同年夏頃、行きつけのおでん屋に客として来ていた訴外加藤邦雄と知り合い、同年9月頃からは肉体関係を持つようになり、同年11月4、5日頃に下船した上告人に対し別れたいと告げ、同月12日にはアパートを飛び出して姿を隠し、別にアパートを借りて右加藤と同棲生活を始めた、(3)上告人は、昭和52年12月26日、東京家庭裁判所に被上告人との同居を求める調停を申し立てたが不調に終わり、次いで昭和56年8月3日には同裁判所に離婚調停の申立てをし、いつたんは離婚を考え、被上告人が上告人に600万円支払うならば離婚に応じてもよいとの提案をしたが、被上告人がこれに応じなかつたため不調に終わり、一方、前記加藤に対して右不貞行為を理由とする損害賠償請求訴訟を提起し、昭和54年9月勝訴判決を得て、加藤から損害賠償金250万円のほぼ全額の支払を受けた、(4)被上告人は、昭和55年10月頃、約3年11か月の間同棲した前記加藤と別れ、以後一人で生活していたが、飲酒の仕方が上告人と結婚式を挙げた頃からしだいにすさんだものになつていたところ、昭和59年2月頃から精神的な変調を来したことから○○県○○市の実家に戻り、同年5月29日から11月までの間躁鬱病、アルコール依存症の病名で○○市内の病院に入院し、退院後も昭和60年9月頃まで投薬を受け、現在はほぼ寛解状態にあるものの、なお右病院に通院して治療を受けつつ実家の店の手伝いをしている、(5)被上告人は、内向的な性格で、右症状も本件離婚を巡る紛争と無関係なものとはいえず、かかる状態に重圧を感じて離婚を望み、上告人との関係の修復は全く考えていないのに対し、上告人は、離婚する意思はなく、自分は被上告人を必要としているとして婚姻の継続を望んでいるとはいうものの、その真の理由の大半は、前示のような行動に走つた被上告人から離婚を求められるいわれはないとの確固たる気持ないし被上告人に対する意地あるいは憎悪感という感情的なものにすぎず、被上告人との関係修復を実現可能なものと捉えて真摯かつ具体的な努力をした跡は窺えず、昭和55年頃以降も被上告人に生活費や治療費を送金したり見舞いその他の音信を寄せたりしたことも全くなく、また、現在も一年の大半は外国航路の船にコツクとして乗船し年に約400万円の収入を得ていて経済力の点では被上告人に勝り、被上告人からの扶養や相続を期待すべき状況にはなく、被上告人との法律上の婚姻関係を解消されることによつて失うものは少ない、(6)上告人と被上告人の間に子はいない、というのである。

ところで、民法770条1項5号所定の事由による離婚請求がその事由につき専ら責任のある一方の当事者(以下「有責配偶者」という。)からされた場合であつても、夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、その間に未成熟の子が存在しない場合には、相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り、当該請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできないというのが当裁判所の判例であり(最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁)、所論引用の最高裁判例は、右判例によつて変更されたものである。

前記事実関係の下においては、上告人と被上告人との婚姻については同号所定の事由があり、被上告人は有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居期間は、原審の口頭弁論終結時(昭和62年1月28日)までで約10年3か月であつて、双方の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、しかも、両者の間には子がなく、上告人が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が存するとはいえないから、右に説示したところに従い、被上告人の本訴請求は、有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすべきではなく、これを認容すべきものである。

以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は右と異なる見解に立つて原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官佐藤哲郎の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官佐藤哲郎の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論には賛成するが、その結論に至る理由には同調することができない。

私は、婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につき専ら又は主として原因を与えた当事者からされた離婚請求は原則として許されないが、右のような有責配偶者からされた離婚請求であつても、有責事由が婚姻関係の破綻後に生じたような場合、相手方配偶者側の行為によつて誘発された場合、相手方配偶者に離婚意思がある場合は、もとより許容されるが、更に、有責配偶者が相手方及び子に対して精神的、経済的、社会的に相応の償いをし、又は相応の制裁を受容しているのに、相手方配偶者が報復等のためにのみ離婚を拒絶し、又はそのような意思があるものとみなしうる場合など離婚請求を容認しないことが諸般の事情に照らしてかえつて社会的秩序を歪め、著しく正義衡平、社会的倫理に反する特段の事情のある場合には、有責配偶者の過去の責任が阻却され、当該離婚請求を許容するのが相当であると考える。その理由は、多数意見の引用する前記大法廷判決における意見において詳述したとおりである。

原審の適法に確定した事実関係によれば、上告人と被上告人との婚姻関係は破綻し、被上告人はその破綻につき専ら又は主として原因を与えた有責配偶者というべきであるが、上告人と被上告人との別居期間は既に10年3か月に及び、その間、被上告人は、上告人との本件離婚を巡る紛争も一因となつて精神的変調を来すなど既に相応の制裁を受容しているともいうことができ、一方、上告人は、婚姻の継続を望んでいるとはいうものの、その真の理由は、前記加藤との不貞行為に走つた被上告人から離婚を求められるいわれはないはずであるとの確固たる気持ないし被上告人に対する意地あるいは憎悪感という感情的なものにすぎず、被上告人との関係修復を実現可能なものと捉えて真摯かつ具体的な努力をした跡は窺えず、昭和56年には自ら離婚調停の申立てをして離婚の条件を提示するなどいつたんは離婚を考えたこともあるなどの事情も考慮すれば、本件離婚請求が有責配偶者たる被上告人からの請求であるにもかかわらずこれを認容するのを相当とする前示特段の事情があるというべきであり、私の立場においても、被上告人の本訴請求は認容すべきものと考える。したがつて、被上告人の本訴請求を認容した原判決は結論において相当であり、本件上告は棄却すべきものである。

(裁判長裁判官 大堀誠一 裁判官 角田禮次郎 大内恒夫 佐藤哲郎 四ツ谷巖)

上告代理人○○○の上告理由

〔中略〕

(一) 有責配偶者の離婚請求でも、例外的に認容される場合があるとする原判決が誤りであること前記のとおりであるが、仮りに100歩を譲つて、原判決の右判決(前記第4項)を正当なものと認めるとしても、本件について、その例外的な場合であると判断したのは誤つており、民法第770条1項5号の規定の適用を誤つたものと云うべきである。

(二) 原判決は、「婚姻期間・同居期間・別居期間の長短及びその内容」につき、「控訴人・被控訴人が夫婦として同居していた期間は1年10月程度、そのうち控訴人が下船していて実質的に同居生活を営んだ期間は約8ヶ月(婚姻届出後の同居期間は10月程度、そのうち実質的同居期間は約4ヶ月)であるのに対し、別居後の期間は既に10年3月を越えている」旨認定している(原判決・理由――第一審判決の理由三)。右認定それ自体を争うものではないが、重要なのは、被上告人が突然一方的に家出をし訴外加藤邦雄と約3年11ヶ月の間、同棲生活を続け、右加藤と別れた後も、上告人の処に帰来しようとはしなかつたが故に、別居後の期間が、同居期間を大幅に超えて了つたという事実である。被上告人の有責行為により右事態が生じたものであつて、上告人には全く責任のないことである。また上告人、被上告人の故郷である○○県○○市には、上告人と同様に、遠洋航海の乗り組み員が多く、被上告人は、それを見聞していたから、夫婦になつてからの同居期間の短いことは、予知のところであつた。

(三) 原判決は「夫婦双方の経済力の有無及び扶養の必要性の有無・程度」について「控訴人は現在も一年の大半の期間(その余の期間は、○○市の実家で生活している)を外国航路の船にコツクとして乗船して稼動しており、経済力の点では、被控訴人に勝り、被控訴人からの扶養を期待する状況にはなく」と判示している(前同)。

また原判決は「婚姻を維持することによつて得られる、逆にいえば離婚によつて失われる一方配偶者の利益」については「被控訴人の年令及びその財産状態からして相続を期待すべき状況は、現在は、もとより将来も予測されないこと、してみれば、控訴人は、被控訴人との形骸となつている法律上の婚姻関係を解消されることによつて失うものは少いといつてよい」と断じている。

確かに、上告人は経済力の点では被上告人に勝り、被上告人からの扶養を期待する状況にはないし、相続を期待すべき状況は、将来においても予測されないが、しかし、それだからと云つて、法律上の婚姻関係を解消されることによつて失うものは少いとは、到底云えないのである。原判決は、ことを専ら物質的にのみ把えているに止り、上告人が、その意思に反して離婚判決を受けることの苦悩については、全く、これを理解していないのである。

上告人の内心の苦痛は云うまでもないが、上告人に対して離婚を命じる判決が為されたならば、世人は、上告人に非違が有つたからこそ、右判決が為されたものと考えるのが普通なのである。判決理由まで読んで、被上告人が有責であることを知る者は、先づいないであろう。その結果、自ら婚姻を破綻せしめた被上告人は、上告人の非違に泣いた、哀れな犠牲者となり、上告人が世間(特に故郷で)から、非道な男として冷い目で見られ、社会的信用は疑もなく失墜するのである。離婚判決によつて失うものは少いと云う原判決の判示は極めて不当であり、その考え方には、憤りを感ぜざるを得ないのである。

(四) 原判決は「離婚を拒否する一方配偶者の真意」につき「控訴人自身、昭和56年8月3日に、東京家庭裁判所に被控訴人との離婚調停を申し立て、右調停において、被控訴人に対し、600万円を支払うならば離婚に応じてもよい旨申出ており、このことからすれば一旦は控訴人も被控訴人との離婚を考えたことがあるものとみざるをえないところであり、控訴人が現在被控訴人との離婚を拒否している大きな理由としては、前認定のような行動に走つた被控訴人から離婚を求められるいわれはないはずであるとの確固たる気持(この控訴人の気持それ自体は、当裁判所としても理解できないわけではない)ないし、被控訴人に対する意地とか憎悪感とかの感情的なものしか見当らず、被控訴人との関係の修復を実現可能なものととらえて真摯にその修復を望み、そのための具体的な努力をしたあとは、うかがえない」と判示している。

しかし右判決は失当である。右離婚調停は、本件の話し合いによる平和的解決のきつかけとして、控訴人が提起したもので、控訴人の真意は、離婚にはなかつた(この点は、第一審及び原審における上告人の供述より明かである)し、仮りに右調停申立当時、上告人に、些かなりとも離婚の意思が有つたとしても、第一審及び原審当時にあつては、上告人に全く離婚の意思が無いことは明白なのであるから、過去の一時期における上告人の行動から、その後もなお、上告人は、内心では、離婚に応じてもよいと思つていると推断するのは理由がないし、上告人が、被上告人との離婚に応じないのは、同人に対する意地とか憎悪感とかの感情的なものしか見当らないとするのも承服できない。

上告人が被上告人との離婚に応じないのは、被上告人が上告人を必要としていると思うし、上告人自身も被上告人と2人でやつてゆき度いからであると、第一審及び原審で供述しているとおりである。また上告人が、勝手な行動に走つた被上告人から離婚を求められる、いわれはないはずであるとの確固たる気持の存在は否定しないが、上告人が、このような気持を抱くことは、むしろ当然であつて非難されるべき余地はない。原判決は、「控訴人は……被控訴人との関係につき、真摯にその修復を望み、そのための具体的な努力をしたあとは、うかがえない」と判示しているが、上告人も、そのための話合を数度に亘り行つたが、被上告人及びその両親に誠意が全く認められずに、実を結ばなかつたものであることは、同人の第一審及び原審の供述の示すところである。そもそも、婚姻を破綻に導いたのは、上告人ではなく、被上告人なのに、その関係修復の努力を上告人にのみ求めるのは、偏頗であつて片手落ちと云うべきである。

(五) 原判決は「現在の生活状況」につき「被控訴人は、昭和59年2月ころから精神的な変調を生じ、躁うつ病、アルコール依存症と診断され、約7ヶ月程入院生活を送り、現在も実家に身を寄せて治療を続けており、控訴人との関係の修復は全く考えていないこと」が認められると判示している。同判示は明言してはいないが、被控訴人の精神的な変調は、本件離婚問題の、もつれが原因であるかの如き印象を与えているが、そもそも被上告人は、上告人と同棲以前から、酒が好きであり、また昭和51年11月12日(被上告人の家出直前)に、独りで○○医大病院に行き、精神的に異状があるとして診察をうけている事実がある。そのカルテを、証拠として提出してもらうべく原審で、上告人は文書送付嘱託の申立をしたが、被上告人は、独りで行つたので、付添人がいないと駄目と云われて診察を受けなかつた、と云い、それならカルテを取寄せても、別に不利益はない筈であるのに、強硬に、その取寄決定に反対した。右病院は、患者の同意がないと、裁判所からの命令でも、カルテ等は提出しないとの意向であつたので、上告人は、止むなく、その取寄を、諦めたものであつて、被上告人は、右カルテに同人にとつて不利益な記載――生来的に精神的に異状のあること、以前の精神的異状歴等――が有るからこそ、強硬に反対したものと推論する他ないのである。

そして、精神病院への入院・通院治療に至つたのは、生来のものに加えて、離婚が自分の希望するようにならないことへの精神的いら立ちに因るものであつて、これも被上告人の一方的な身勝手な考えが原因であると云わねばならない。被上告人の精神的変調に対して、上告人が責を問うべきことは全くないのである。

更に、被上告人提出の診断書によつても、現在同人の病状は好転しているとのことであり、いずれにしても同人の精神的状態の点は、本件において重要性を有しないのである。

(六) 以上個別的に検討したが、原判決の判示によつては、有責配偶者からの離婚請求を例外的に認容すべき事案とは到底考えられないのである。

これに関連して左記の高等裁判所判例を指摘しておく。

1 32年以上別居し他女と同棲している有責配偶者たる夫の妻に対する離婚請求が棄却された事例

(東京高裁昭和58年10月24日判決、同57年(ネ)第2167号、判時1099号56頁)

2 配偶者の一方が一旦離婚に合意し、財産の分与を受けた事情のあるときの他の有責配偶者からする離婚請求の許否(消極)

(大阪高裁同38年6月26日判決、同35年(ネ)第873号、家月16巻1号91頁、判時352号63頁)

3 会社倒産後に夫が家出して女と同棲し、アル中等で入院中、妻がこれを見舞わず、その生活費や入院費も負担せず、夫の帰宅も受け入れないことが悪意の遺棄に当らず、また妻が夫の財産を仮差押えし、夫も別の女と同棲する等の破綻状態が10年以上続いて回復不能であるが、有責配偶者たる夫からの離婚請求は認められないとした事例(東京高裁昭和55年11月26日判決、同54年(ネ)第2626号、判タ437号151頁)

右の次第で、本件については上告理由があるので、何卒原判決を破毀し、事件を原裁判所に差戻す旨の御判決相成り度い。

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